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help リーダーに追加 RSS 小説 赤と緑の女 (第3話)

<<   作成日時 : 2005/10/23 14:22   >>

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 出張所なので、当然社員数は少ない。20人ほどの社員の中には数人の英国人も含まれている。女子社員も数人しかいない。そんな社内事情もあって、新米の実咲は毎朝他の社員より30分早く出社し、室内の清掃やお茶の準備を任されていた。
 初出社当日、鍵を預かっている実咲を、オフィスの前で足踏みして待ち構えていたのが柳田暎子だった。
「今までは私の仕事やったんよ。ほら、あなたの次に若いのは私やから」
 自己紹介もせず、一方的に言い放った瑛子の表情が、どことなく仕事を取られて迷惑がっているような口ぶりだったので、実咲は一瞬妙な違和感を覚えた。
 しかしあとになって考えてみると、彼女は秘かに重要な目的を抱えて出勤していたため、本能的な自己防衛と後ろめたさが自然に顔に現れ、図らずも不協和音が生まれたに過ぎなかったのだ。そうして、この目的こそが彼女の内部に巣食う強迫観念と復讐心の原点であり、不条理にも課せられた彼女の贖罪でもあった。
 その日、出勤する実咲を待ち受けていた瑛子は、それでも一応照れ臭そうにペロリと舌を出すと、あたふたと事務所内に駆け込んで行った。
 朝の陽射しを浴びた室内は、あちこちに見慣れぬ機材や(テレックスなどの)黒いタイプライターが並び、入社早々の実咲の眼には、それらの全てがよそよそしく眩しく光り、必要以上尊大に映った。まだ、パソコンも携帯電話もない時代だ。
 あのとき瑛子は、独り取り残されて呆然と突っ立ている実咲を置いて、慌ただしく机の前に座るや否や、無造作に眼の前の黒い電話器を引き寄せた。それからおもむろに赤い小さな手帳を開き、素早くページをめくりながら、あとはひたすら腕時計とダイヤルに全神経を集中させた。
 彼女の動きは、まさに「犬も歩けば・・・」的な行き当たりバッタリ戦法で、相手構わずの徹底攻撃だった。使い込んで擦り切れた赤いビニール製の手帳には、数ページに亘ってびっしりと電話番号が書き込まれている。
 徹底交戦の相手は、どうやら複数の男性らしい。勿論用件はその夜の待ち合わせのアポイントをとることで、断られれば「じゃあ明日は?」、「あさっては?」と、まるでダウン寸前にパンチを浴びせる勇猛果敢なボクサーのようだ。しかもその交渉相手の数たるや、並大抵ではない。
 狭いオフィスに甲高く透き通った彼女の声が響き渡ると、机の上や機材を拭く実咲の所まで、嫌でも話の内容が伝わってくる。受話器の向こうで相手が怯み、困惑している気配までも。
 だが敵も然る者で、彼女の名前を聞いた途端居留守を使ったり、同僚に頼んで出張や欠勤を口実に断ったりと、明らか逃亡態勢を貫く男も多いらしい。そうなると必然的に瑛子のダイヤル回数も増えることになる。
「ちぇっ!」 
 不覚にも、交渉不成立のたびに鳴らす舌打ちが、彼女の焦燥感を露わにする。そんな涙ぐましい努力の結果、ようやく数人の男との交渉成立を遂げるのだった。 (続く)

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