胡蝶の夢

アクセスカウンタ

zoom RSS 徒然の記〈秩序とカオスと春うらら〉

<<   作成日時 : 2016/03/30 19:11   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

画像


     さまざまの 事思い出す桜かな (芭蕉)

 爛漫。入学式。卒業式。入社式。旅立ちの日・・出会いと別れの。終わりで始まりの
 今年もまたの季節がやってまいりました。
 東京でも、3月21日に開花宣言が出て以来、いよいよ絶好期の「お花見日和到来!」といったところでしょうか。
 季節の移り変わりは、本当に早いものです。
 なにはともあれ、ブログ開設以来、10回ものを過ごしてきてみると、芭蕉翁の名句も、平凡な感情であるだけにしみじみ胸に迫ってきます。
 なにげに過去のブログを遡(さかのぼ)ってみたら―
 昨年(2015年)は、東京では季節はずれの<春の雪>が降り(4月8日)、一昨年(2014年)は、4月から始まった<消費税8%の増税色に染まり、そのまた前の年(2013年)は、バクダン低気圧による<春の嵐>が駆け抜け・・
 それらの中には、勿論2011年に起きた<3・11東日本大震災>の直後のもありました。
 まあね。私自身の感慨なんて、どうでも良いことではありますが―
 自然の摂理季節だけは、容赦なくやって来ます。
 
 それにしても、このところ日替わりのように登場するようになった<謝罪劇><不倫>ラッシュ・・一体、どうなっちゃったんでしょう?
 ホラ、思い出すだけでも・・甘利前経済再生大臣、ベッキー、スマップ謝罪会見あたりから、まるでブームのように有名人が槍玉にあがり―
 新たに発覚したショーン・K氏の学歴詐称問題の謝罪乙武洋匡氏の不倫謝罪文。はたまた、横綱白鵬の(試合マナーに関する)涙の謝罪インタビューだのと・・も〜、エスカレートしまくりです。
 まあ・・ね、考えてみれば、有名人であるが故のメリットがあればこそ、常に世間の目に晒されているデメリットもあるわけで―
 早々に謝罪しちゃうことによって、いかにリスクを最小限にするかに尽きるわけでしょうが・・
 最近の傾向は、下手をすれば、寄って集(たか)っての「いじめ」の領域まで―。
 これって、世間の風当たりが厳しすぎるの?それとも、社会現象?


画像



 また、恐ろしいのは、相変わらず世界のあちこちで勃発しているテロによる惨劇。
 つい先日も、<ベルギー・ブリュッセルの同時多発テロ>(3月22日)があり、朝の空港と地下鉄で多数の死傷者が出て、日本人も2名が重軽傷を負いました。
 直後に、やはりイスラム国が犯行声明を出したそうですが―
 残忍極まりない過激派組織の暴挙は、一向に収まる気配がありません。世界はテロの危険に溢れています。
 しかもホラ、ヨーロッパに限らず、近隣諸国に目を向けて見ても、至る所で一触即発の戦争状態。日本でも、5月には<伊勢志摩サミット>があるわけですからね。決して他人事ではないのです。
 また、最近になって俄(にわ)かに激化しつつある<山口組と神戸山口組の抗争激化>。東京でも、あちこちで映画まがいの「仁義なき戦い」が勃発していますが―
 一般人をも巻き込む血の抗争。そもそも「暴力団」とか「やくざ」とか言われるの反社会勢力って、どうしていつまで経っても無くならないのでしょう?不思議でなりません。
 地球の平和。世界の平和。日本の平和・。家庭の平和。仲良きことは美しきかな。


画像



 一方、政治の世界でも、「民主党」「維新の党」」が合併し、新たに<民進党>を立ち上げました。(3月27日) 
 8月の参院選を控え、盛んに「自民党に代わる政権を担える政党を」とアピールしていますが・・
 果たしてどうなる事でしょう―。
 そうそう、新しいところでは、行方不明だった女子中学生が <二年ぶりに帰還・保護された> というセンセーショナルなニュースなども・・。
 犯人とされる男(23歳)は、少女を誘拐、監禁しながらも、大学に通い、卒業して、引越して、しかも就職まで決まっていたというんですから・・??信じられません。
 手を替え品を替え進化して行く犯罪は、いつの時代も絶えないものですね。

画像



 さて、今回読んだ「本」は、カズオ・イシグロという作家の『わたしを離さないで』(ハヤカワ文庫・土屋政雄訳)という小説です。
 異色の作品で、あまりにも衝撃的な内容だったことと、逆翻訳物?とでも言うんでしょうか、日本人の作品を、日本人が訳しているという珍しいパターンなので、「そもそもカズオ・イシグロって?」と調べてみたら―
 1954年長崎県生まれの日本人で、5歳の時に両親と共に渡英。以降、日本とイギリス、二つの文化を背景に育った国際人だそうです
 デビュー作の『遠い山なみの光』(1982年)で、王立文学協会賞を受賞したのを皮切りに、数々の文学賞を獲っている実力派の作家だそうです。
 また、驚いたことに、代表作とされる『日の名残り』という作品は、以前、同名の映画を観た記憶があり、「あ〜、あの作品の原作者ね」と、急に親近感が湧いてきました。
 確かストーリーは・・英国貴族の格式高い屋敷で、長年間勤めあげた老執事(アンソニー・ホプキンス)と、彼が秘かに愛し続けた女中頭との淡い恋を描いたもので、イギリスっぽい、風格漂う映画だったことを覚えています。
 ところが・・です。今回読んだ本、『わたしを離さないで』は、そんなシックな雰囲気とはまったく別世界の、近未来的な人間の根源、存在そのものを問う、背筋が寒くなる怖いお話なのです。
 つまり「驚いた」と書いたのは、そういう意味だったのです。

優秀な介護人キャッシー・Hは、「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設へールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャッシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度・・・。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく――全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。(裏表紙解説より)


 ということで、解説を読んでも、何やらミステリアスな世界を予感してしまいますが、冒頭部分の―

 わたしの名前はキャッシー・H。いま三十一歳で、介護人をもう十一年以上やっています。・・・

 で始まるこの小説、読み進むほどに、ある時点まで謎めいた迷路に誘い込まれて行きます。
 従って、半信半疑で読むうちに、次第に靄(もや)っていたものがクリアになって行くという・・
 物語としては面白いけれど、あまりにも残酷(煽情的)すぎて、ヒューマニズム的にはショックを受けるのです。
 全体は、章続きの三部構成になっており―
 第一部は、主人公(キャシー)が子供時代の「ヘールシャム」という施設での生活。
 第二部は、ちょっと成長して「コテージ」と呼ばれるコミュニティーでの生活。
 そして第三部は、それから更に10年後の現在を描いています。
 ストーリーとしては―
 1990年代後半のイギリスで、生まれながらにして「ヘールシャム」で育ち、「介護人」で、「提供者」でもある主人公(キャシー)が、世間から隔絶された閉鎖的な施設で過ごした子供時代を回想する形で展開して行きます。
 つまり・・(もうお気づきかと思いますが)、「ヘールシャム」と言うのは、実はクローンとして生まれてきた子供たちが、「臓器提供」の目的のために教育を受ける施設で、子供時代の彼ら、そして大人になった彼らには、果たして人間としてのや、情緒、情操というものが培われるものなのだろうか?という課題を基に、それぞれの目的(臓器提供)を果たすまで実験的に生かされているという、とてつもなく恐ろしいテーマを孕んだ小説なのです。
 更に詳細を書きたいところですが―
 未読の方、これから読もうと思っている人にとっては、予備知識が少なれば少ないほど良いような気がするので、詳細は省くことにします。
 因みに、本書は、発表直後(2005年)から英国は勿論のこと、英語圏で大ベストセラーとなったそうです。
 静謐で、端正な語り口調からイメージする映像は、牧歌的で、詩情豊かであるにも関わらず、その冷血な不条理さと不気味さ、切実さとのギャップが、更なる絶望感を増幅させています。
 読みながら、ふと、以前何度か読んだフランスの詩人ジャン・コクトー『恐るべきこどもたち』という小説を思い出したのは・・何故でしょう。
 物語は確か・・姉と弟と、二人だけの閉ざされた世界の中で、一人の美しい少年との出会いによって、それまでのすべてが崩壊して行くものだったと記憶しますが―
 テーマは違うものの、秩序運命の受諾といったものが、どことなく似ているような気がしました。
 現代におけるリアリティ非現実との境界線。生命の冒涜人道主義の破壊・・
 決して「あり得るはずがない」SF小説の世界では済まされない恐怖が、今の時代だからこそ胸に突き刺さるラブストーリーでした。


画像



 ところで、今回本書を読んだ直後に、(これもまた偶然なのですが)同じタイトルの連続ドラマを現在進行形で放映しているのを知り、びっくりしました。
 もっとも、映像として観られたのは、残念ながら最終回のみでしたが―
 どうやら日本版では、主人公のキャッシーを、日本名では恭子綾瀬はるか)として、ボーイフレンドのトミーを、友彦三浦春馬)として、親友のルース 美和 水川あさみ)として演じているようでしたが―
 ドラマ自体は、全部観ているわけではないので何とも言えません。
 知らなかったけれど、これまでにも映画化(2010年・英・米)されており、日本でも舞台化(2014年・蜷川幸雄演出)されていたんですね。
 因みに、私個人の好みとしては、繊細な文章の世界を、いかに凝縮して具象化するか、総合芸術の真髄として「映画」のほうに、より惹かれちゃいますが―。

画像


画像



 また、映像がらみで特に印象に残っているのは―
 脱力感がビンビン伝わってくる『フォックスキャッチャー』(2014年・アメリカ合衆国)という実録映画でしょうか。
 比較的新しい作品で、1996年にアメリカで実際に起きた殺人事件を題材にしたもので、カンヌ国際映画賞監督賞をとるなどして話題になったそうです。
 とにかく暗〜い、重〜い映画なのです。
 あらすじとしては―
 ロサンゼルスオリンピックのレスリングで金メダルを獲得した主人公マークは、ある財閥の御曹司ジョン・デュポンから、自らが率いるプロジェクトチーム「フォックスキャッチャー」への誘いを受け、潤沢な資金と、最新の設備の下でソウル五輪を目指しますが―
 実はデュポン氏は、統合失調症という精神の病に冒されています。
 不穏な精神状態の中で、彼は精鋭チームを率いりつつも、自らが指導者としてコーチ席に入ることに固執し、マークの兄で、優秀なコーチでもある金メダリストの デイヴ を無理矢理呼び寄せるのですが・・
 デイヴが加わったために三人の立場が微妙に変り、やがて確執が始まります。
 ある冬の日、デイヴは、妻の目の前で デュポン に射殺されるというもので―
 終始淀んだ空気の中で、デュポンの狂気と、無感情の(囁くような)語り口調、鬼気迫る三人の演技に圧倒されます。
 人間としての営み。同性愛。栄光と挫折。富と名声。その光と蔭・・
 虚脱感と、どうしようもない無常感。見応えのある(濃密な)映画でした。


画像



画像



 見応えがあると言えば―
『オーケストラ!』(原題: Le Concert・2009年・仏)という映画も、スケールの大きな、琴線に触れる作品でしたっけ。
 あらすじとしては―
 かつてロシアのボリショイ交響楽団の天才指揮者として名を馳せた主人公アンドレイは、共産主義の政府による「ユダヤ人排斥政策」に従わなかったために楽団を追われ、今はしがない清掃員としてボリショイ劇場で働く毎日でした。
 が、ある日、偶然にもパリの名門劇場がキャンセルした楽団の代わりとなるオーケストラを探しているという情報を得て、30年前に果たせなかったチャイコフスキー「バイオリン協奏曲」を演奏することを熱望し、かつて追放された楽団員たちを集め、『ボリショイ交響楽団』になりすまして、パリへ行くことを計画するというものです。
 で、彼は、パリ在住の若きソリスト(独奏者)マリー・ジャケを指名し、演奏することを依頼しますが―
 不幸な生い立ちの彼女は、心を閉ざして容易に受け容れてくれません。
 徐々に解き明かされて行く彼女の出生の秘密を追ううちに・・
 チャイコフスキーの美しい「バイオリン協奏曲」の旋律と、マリー・ジャケの美しい横顔。感動的なラストシーン。
 こちらのほうは、『フォックスキャッチャー』とは違って、ほのぼのとした人間愛と、小気味よい、充足感に浸れる(上質な)映画でした。


画像



画像



 そんなこんなで(ふ〜〜)、
 今年も、日増しに夜になるのが遅くなりました。
 窓を開けると、太陽にも風にもを感じるようになりました。
 そうして、冒頭の芭蕉の句ではないけれど、幾つものが通り過ぎて行った今になってみると、ふと、数々のにまつわる思い出が甦ってきます。
 遠い、遠い昔、まだ独身の頃、ある人から、ラブレターをもらったことがあります。
 真っ白い便箋には、端正な文字で、「あなたは満開のの花のようです」と書かれており、こんな歌詞が添えられていました。
     ○○○ ○○○ 弥生の空は 見渡すかぎり
     霞か雲か 匂いぞ出ずる
     いざや いざや 見にゆかん


 つまり、「さくら」の部分を(○の部分ね)、私の名前に替えていたのですが―
 傲慢で、鼻もちならなかった当時の私は、その真意を汲み取ることすらしませんでした。
 青春の1ページの記憶です。
 
 また、忌まわしい思い出としては―
 ずっと以前、まだ目黒「碑文谷」に住んでいた頃、神社の参道沿いの一軒家だったことから、毎年お花見の時期になると、桜並木に提灯が並び、夜になるとライトアップされるやら、屋台が出るやらで大変な賑わいだったものです。
 が、我が家にとっては、最も怒涛(破綻やら何やらで)の時期で、そこで暮らした数年間は、家族の誰もがどころじゃありませんでした。
 子供たちは思春期(中学生と高校生)真っ盛りだというのに、夫はほとんど家に帰って来ず、経済は破綻。何もかもが、音を立てて崩れて行く日々でした。
 あのの夕暮れの桜並木。砂利道を踏む人々の歓声。淡い、ピンク色の灯り。そして、すべてが散ったあとの静寂。侘びしさ・・
 もう一つのの思い出です。(ふ〜〜)


画像




 それにしても―
 先ほど、ちょこっと秩序運命の受諾について触れましたが―
 決して難しいことではござんせん。
 こうして毎日同じリズムで暮らしていると、自分なりに、ある一定の秩序の中で生きているんだな〜と、まあ、しみじみ思うだけです。
 そうなんです。秩序なんです。
 運命の受諾秩序を受け入れると、なんとなくホッとするのです。
 因みに、辞書で調べてみたら―
 秩序とは・・物事を行う場合の正しい順序・筋道。 その社会・集団などが、望ましい状態を保つための順序やきまり。ギリシャ語でコスモス。対義語は混沌(カオス)。とあります。
 そう、対義語は混沌なんですって―。まさにね。
 そうして私の場合は、その秩序が、正しい筋道であるかどうか、甚(はなは)だ怪しところであるわけですが・・
 結局は、すべてを受け入れて、私だけの秩序混沌の間を往ったり来たりするしかないのです。
 疲れることです。
 
 おかげで、若き日の満開のの花も・・チッ!今じゃ色褪せたう・う・姥桜(うばざくら)です。




画像




人気ブログランキングへ



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
十代の頃、女性から届いた手紙が、かすかに香っていたことを覚えています。
それだけで、妙にどきどきしたものでした。
「傲慢」と「過信」は青春の証ですね。
ダダさん
2016/04/01 08:52
ダダさん、こんにちは。
異性に対する淡いときめき・・
誰もが経験する、健全な感情でしょうね。
と同様に、地球上の全てが自分中心に回っていて、夢はいつか叶えられるものと信じて疑わなかったのも、おっしゃるように「青春の証」なのかもしれません。

 今では「はるか遠いこと」になりましたが・・
夢子
2016/04/01 11:39
さまざまのこと思い出す桜かな  芭蕉

来し方行く末、
春って、
いろんなことを思ってしまいますね。


悔い
不安
諦観
迷い
自負
矜持

夢子さんのいろいろな思いが伝わってきて、
せつなくなりました。


“コスモス”

美しい言葉です。
自分がそういう状態になるのは、
無理だとしても、
そのような概念を思い浮かべるだけで、
心が落ち着いてきます。


夢子さんに、
思ってもみないような素晴らしい出来事が、
起こりますように!
旅人
2016/04/11 00:44
旅人さん、こんにちは。お久しぶりですね。
そうなんです。“コスモス”(秩序)も“カオス”(混沌)もギリシャ語なんですってね。初めて知りました。
それにしても、芭蕉の桜の句・・ありふれた表現だけに、なおの事、誰の心にも響くものがありますよね。

旅人さんにこそ、素晴らしい「何か」が訪れますように。
夢子
2016/04/11 11:48

コメントする help

ニックネーム
本 文
徒然の記〈秩序とカオスと春うらら〉 胡蝶の夢/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる