胡蝶の夢

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zoom RSS 徒然の記〈雑文的日々に・・〉

<<   作成日時 : 2016/02/29 09:29   >>

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     夢深き 女に猫が背伸びせり (山頭火)

 水ぬるむ候。は足踏みしたり、後退したり・・
 でも着々と“三寒四温”を繰り返しながら、今年も新たな季節へと向かっています。
 東京でも、つい2〜3日前にはが降ったとか・・まだまだモードの中で、それでも少しずつの足音が聞こえてくるような気がします。
 が芽吹き、生きとし生けるものが目覚めるこの季節・・と同時に、我が家にとっては、今年もそろそろ「油断大敵モード」に突入することになるのです。(要・害虫の無断侵入ね)
 さて、季節の移ろいというものは、時には美しくノスタルジックに、時には残酷な記憶として感じるもので、あの<3・11東日本大震災>から、今年でもう5年になるんですね〜。
 改めて、あの日のことが、昨日の事のように頭をよぎります。しみじみ・・


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 それにしても、今年に入ってから、世間が俄(にわ)かにざわつき始め―
<スマップ解散騒動>が、ようやく落ち着いたと思ったら、今度は、某週刊誌の「すっぱ抜き報道」によって、芸能人同士の不倫騒動
 かと思えば、「イクメン休暇」発言で話題になった某イケメン政治家の、議員辞職にまで追い込まれることになった不倫騒動。果ては、某ベテラン落語家の歳の差不倫まで―。
 あっちもこっちも「謝罪会見」ばかりでテンヤワンヤ。どうやら、“不倫”が旬のようです。
 でもね。ホラ、よく「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んでしまえ」なんて言うじゃないですか。
 そもそも、熱愛だの、破局だの、やれ禁断の愛がナンちゃらだのと・・人サマの恋愛事情を穿鑿(せんさく)するほどバカらしいものは、ないじゃありませんか。
 しかも、「不倫」がニュースになり、まるで窃盗罪か、詐欺罪かでもあるように糾弾され、関係ない人に「謝罪」しなきゃいけないなんてね。
 なんとも不思議な時代です。
 そりゃ・・ね。昔は「姦通罪」とやらがあったと聞いていますが・・
 今や、男女の(性別の)枠を超えて恋愛は自由。たとえ、それが「人の道」に外れた恋だとしても、それはそれ。
 少なくとも、世間に向かって謝る必要はないんではないかと・・まあ、そのように思うわけです。
 が・・とは言っても・・恐るべしは、センテンス・スプリング!(文春ね)
 また、何よりもショックだったのは、元プロ野球選手「清原和博」の<覚醒剤所持現行犯逮捕>というニュース。
 かつてはヒーローだった男の変貌ぶりに、ファンのみならず、多くの人々が驚き、固唾をのんで見守っていました。
 以来、連日の報道によって、暴力団との繋がりだの、常習性だの、過去の奇行だのが次々と明らかになるにつれ、改めて「自滅への構図」を知ることになりましたが―
 強靭と思われていた男の光と影。、孤立感。逃避願望。薬への依存・・弱さ。愚かさ。
「人の道」ということであれば、こちらのほうが、よっぽど問題ですよね。

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 一方、こちらはキナ臭い世界情勢―
 相変わらずお騒がせの、<北朝鮮の核実験・弾道ミサイル>をめぐる<制裁問題>だの、混迷する<シリア内戦>だの、<移民・難民問題>・・だのと、世界が揺れ動いています。
 そうそう、国内では、聞き慣れない<日銀のマイナス金利導入>なんてニュースも耳にしましたが―
 勿論、経済観念ゼロの我が家にとっては、これが、どのような影響をもたらされるかなど、知る由もござんせん。(理解力不能って意味でね)
 また、まだまだ尾を引いている<甘利経済再生大臣の金銭授受疑惑>をめぐる報道とか、新しいところでは、<民主と維新の合併>とか、<ジカ熱感染患者の初上陸>とか・・
 日々新たなニュースが舞い込んできます。
 あと・・そうそう、「猫ブーム」による効果で<猫ノミクス>って・・面白い言葉ね。


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 ところで、昨年暮れから今年にかけて、少しずつ読んでいた村上春樹『雑文集』(新潮文庫)と言う本、ようやく完読しました。
 村上文学ということで言えば、実は、特にファン?というわけではないんですが―
 作品のほとんどは(代表作って意味ネ)、これまでにも読んできたつもりだし、当ブログでも掲載してきたという、何故か気になる作家の一人なのです。
 で、この『雑文集』は、タイトルどおり、著者のデビュー当時から、これまで発表した作品の「覚え書き」のようなもの、未発表の超短編小説、日の目を見なかった書簡集や挨拶文、メッセージ・・など、一見すると、ラフな形式で、が、実は、用意周到に構成された『雑文集』なのです。
 従って、これまでの長編小説とは違い、ごく読み易い本ではありますが―
 そこはホラ、「平易な文章と、難解な物語」でお馴染みの著者のことですから、「ラフ」と言えども侮(あなど)れない、読み応えのある本なのです。
 例えば・・マニアック過ぎて付いて行けない趣味(音楽)の分野。心情的、かつ感覚的に相容れない難解な部分。スイスイ読めず、飛ばし読みや流し読みをしつつも、やっぱり再度挑戦して読んでみたくなる部分に阻(はば)まれたりしながらね。
 要するに、そこここに、村上春樹たる由縁が見え隠れしているのです。


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    小説家の魂が宿る69編!
  デビューの言葉から伝説のスピーチまで、
  未収録・未発表のエッセイや文章が大集合。


自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)/僕らが生きている困った世界/「四十歳になれば」――群像新人文学賞・受賞の言葉/「壁と卵」――エルサレム賞・受賞のあいさつ/ノルウェイの木を見て森を見ず/東京の地下のブラック・マジック/風のことを考えよ/凍った海と斧etc・・(帯封より

デビュー小説「風の歌を聴け」新人賞受賞の言葉、伝説のエルサレム賞スピーチ「風と卵」(日本語全文)、人物論や小説論、心にしみる音楽や人生の話・・多岐に亘る文章のすべてに著者書き下ろしの序文を付したファン必読の69編!お蔵入りの超短編小説や結婚式のメッセージはじめ、未収録・未発表の文章が満載。素顔の村上春樹を語る安西水丸・和田誠の愉しい解説対談と挿絵付き。(裏表紙・解説より) 


 解説にもあるように、本書は、著者自身が目にしたこと、心に思ったことなど多岐に亘る分野で読みどころ満載。中でも、地下鉄サリン事件を描いたノンフィクション『アンダーグラウンド』(1997年)に関する覚書とか、翻訳に関するエッセイなど・・
 なによりも興味深いのは、村上氏がノーベル文学賞の登竜門とされているエルサレム賞受賞(2009年)直後、その授賞式において、
≪もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます≫
 と述べたスピーチの件について。これは、あくまでも「個人的なメッセージ」として「壁と卵」という比喩を使ったもので、このことによって、世界中に注目され、反響を呼ぶことになり、困惑しているそうです。
 本書によると、受賞を知った際、、村上氏自身は、紛争の中にあって受け容れて良いものかどうか、随分悩んだそうですが・・
 悩みぬいた末、(孤独を噛みしめながら)書いたメッセージだったそうです。
 いずれにしても、政治的・思想的なことは別にしても、村上春樹ほどの(世界的な)作家になると、何かにつけて注目を浴びることは必然なのかもしれません。
 そして、この部分(エルサレム賞について)を読みながら、ふと、本書を出した目的の一つは、もしかしたら、この事を書きたかったのではないか?ともね。

 また、これらのほかにも、興味深い部分多々あり―
 村上氏とは親友でもあり、ご近所仲間でもあり、彼がジャズ喫茶の経営者時代からの付き合いで親交が深い、イラストレーターの安西水丸氏(2014年没)、和田誠氏(平野レミさんの御主人ね)との交流を描いたエッセイ。
 両氏から見た「村上春樹論」など、本音を交えてユーモアたっぷりに語る対談は、三人の関係を知るにふさわしい、本書ならではの温かい部分でもありました。

 それはそうと、村上氏の作品の中には、よく「ワタナベ・ノボル」って名前の人物が登場しますが―
 実は、安西水丸氏の本名は、渡辺 昇(わたなべ ・のぼる)って言うんですね。初めて知りました。
 と同時に、入手元が分かった事によって、「村上春樹」という天才的作家の素の部分―
 、実は、シャイで、人見知りで、心配症の、フツーの人間であることを知り、ちょっぴり距離が縮まったような気がしました。

 因みに、本書巻末の「文庫本のためのあとがき」で、 村上氏はこう述べています。

『雑文集』と言う本のタイトルは、もともとは「仮題」として編集者との業務連絡用に適当につけていたものなんだけど、そう呼んでいるうちにだんだん気持ちに馴染んできて、とうとうそれ以外のタイトルが浮かばなくなってしまった。かなり即物的ではあるけれど、これはこれでなかなか悪くないタイトルだろうと、本人は思っているのですが。(本書・あとがきより)

 いずれにしても、「村上春樹」という作家をより深く知る意味でも、この『雑文集』は、貴重な本かもしれません。
 本書の表紙、挿絵共々、安西水丸氏、和田誠氏という両氏の作品が、円熟した温かさと、更なるほのぼの感を添えてくれています。



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 一方、映像の方はと言えば―
 ちょっと古いけれど、ロシア革命の渦中に生き、詩人でもあり、医者でもある主人公(オマー・シャリフ)と、2人の女性、ラーラ(ジュリー・クリスティ)とトーニャ(ジェラルディン・チャップリン)の愛を描いた長編大作『ドクトル・ジバコ』(1965年・米・伊合作)。
 毛色はまったく違うけれど、史実と架空がごっちゃ混ぜになった混沌のSF映画、『帝都物語』(1988年・日本)という、こちらも超大作の分野。
 ちょっと変った映画としては、タイトルだけきくと、そこはかとなくエロティックなポルノ映画のように思われる、『白い肌の異常な夜』(1971年・米)でしょうか。

 因みに、『ドクトル・ジバコ』は、ロシアの文豪ボリス・パステルナークの同名小説を映画化したもので、ロシア革命前後の動乱期、時代に翻弄されつつも、男として、人間として、2人の女性への「愛」を通して波瀾に満ちた生涯を描いている壮大な一大叙事詩です。
 上映時間200分というスケールの大きさ。なによりも素晴らしいのは、不朽の名曲と言われている挿入曲、“ラーラのテーマ”の美しさ。ただただ全編を通して心に沁みわたります。


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ドクトル・ジバコ『ラ―ラのテーマ曲』


 また、『帝都物語』のほうは、明治末期から約100年に亘る、こちらも壮大な物語。
 実在する平将門の怨霊により帝都破壊を目論み、その恐るべき超人的能力から「魔人加藤」とも呼ばれる架空の人物(嶋田久作)と、その野望を阻止すべく立ち向う人々との攻防を描いた作品なのです。
 SFやアニメ、ファンタジーものは、あまり好きではないけれど、史実に沿っているところとか、渋沢栄一とか、幸田露伴、寺田寅彦、森鴎外、三島由紀夫とか・・名だたる人物が、何らかの形で関わっているのが面白くて、現実の人物と架空人物、史実空想のカオス振りが、逆に愉しめる映画でした。


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 あとは・・そうそう、ポルノまがいのタイトル『白い肌の異常な夜』 という映画ね。
 ストーリーは、南北戦争で傷を負った兵士(クリント・イーストウッド)が、とある森の中の男子禁制の女子寄宿舎に命からがら逃げて来て、手厚く保護され、看病されることになるのですが―
 彼が女の園に舞い込んだことによって、女同士の嫉妬や憎悪が渦巻き、無惨にも、美しい女たちの手によって、おどろおどろしくも文字通り異常な夜、恐怖の一夜を迎えることになると言う、サイコスリラー、サスペンス映画です。
 ひときわ鮮やかな血の色が恐怖感を煽り、男の愚かさ、女の怖さを感じる映画でした。

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 余談になりますが―
 何かにつけてマニアックで、クールで、、何を考えているか分からない我が家のシュール娘。只今6代目ジェームス・ボンドの(『007』のね)ダニエル・クレイグに嵌まっています。
 グッズやDVDを買ったり、上映中の『SPECTRE』を観に映画館へ2度も足を運んじゃったりの力に入れよう。(こういう時だけパワー全開になるのです)
 相変わらずシュールな美意識(世界観?)を死守しているようです。


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 そんなこんなで―
 2月も今日で終わり。今年はオリンピック・イヤーと重なる閏年(うるうどし)とあって、2月29日というと、な〜んとなく得したような、損したような―。
 前にも申しましたように、私にとって2月は、幾つかの記念日がある特別な月。かつては記念日だった2月25日も、今年も禍々(まがまが)しくも滞りなく、サラリと空虚に通り過ぎて行きました。
 思えば―
 別居以来数年間は、毎夜見る夢と言えば、人間が一人も出ない無人のサイレントばかり。動いているのは電車や車のみで、いつも決まって同じような風景、街、建物、駅が出て来て、何かに追われながら何かを探し、目の前に見えている目的地に辿り着くことが出来ず、右往左往している夢ばかりでした。
 が、最近は、ようやく普通の夢を見るようになり、何かに追われて走り回ることも無くなりました。 
 夢の中に出てくる私は、いつも若い頃のままで、歩いたり、走ったり、車の運転をしたり。
 子どもたちは幼児の頃のままで、父も、母も元気です。
 
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 で、ふと思いました
 そう言えば、村上春樹は、『雑文集』について、自身の「小さな断片の積み重ね」と述べていますが―
 つまり、人生は『雑文集』そのものではないか?と―。
 頭の中の記憶の断片が、幾つもの物語、随筆、イラスト、暴言や落書き・・になっていて、その時期、その時期の魂が埋め込まれたままで―。
 勿論、長く生きていると、その『雑文集』のページも、膨大なになるわけですが―
 例えば・・ね。
 古いページの片隅の、ずっと奥まったスペースには―
 小説の中でしか「男」を知らない傲岸不遜の娘がいて、恋に恋して結婚し、ふと気づいたら、お腹がピクピクするようになり、「何だろう?」と産婦人科に行ったら、「妊娠6カ月です」と言われ、仰天した夏の日の記憶。
 あの日の診察室の暗さ。足を開き、目の前で遮られた白いカーテンの屈辱感。夫と二人で歩いた商店街の賑わい・・
 至ってシリアスだけど、間抜けで滑稽な短編があります。

 また、あるページには―
 初めての社内旅行で、宴会でしこたま呑んじまって(お酒をね)、部屋に帰って寝たはずが、朝起きたら、見覚えのない蚊帳を吊った部屋に寝ていて、右側には5〜6歳の幼児(男の子)が、左側には老婆が寝ていて、一瞬、「ゲッ!もしやキツネに化かされた?」と茫然自失したあの朝の記憶。
 ボーっとした頭で、蚊帳の向こうに見えるタンスや本棚。朝靄(もや)の中で、かすかに揺れていた中庭の木々を見ているうちに―
 どうやら、夜中にトイレに起きた際、旅館の経営者の家族の部屋に紛れ込んだと気づき、そっと抜け出しました。
 それにしても、両側に寝ていた二人が気づかなかったなんて―。思い出すたびに笑ってしまいます。
 この話は、長い間誰にも言わず(とにかく恥ずかしいので)封印していた、秘めたるショートコントです。
 それらの断片が、今は古ぼけた小さなスペースに、半ば擦り切れた状態で収められているのです。
 出来の悪い『雑文集』として―。


 さて、明日からは3月
 それにしても―
 “春” は毎年訪れるけれど・・
 
 我が家の“春”は、なかなか形になって訪れてくれません。




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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
お雛様は飾りましたか?
娘さんは「強い男性」に関心がありそうですね。
やっと暖かくなってきました。
今年も、桜を楽しめそうです。
ダダさん
2016/03/03 19:28
ダダさん、こんにちは。
そう言えば、お雛様の季節でしたね。
我が家では、なぜか昔からお雛様を飾る慣習がなくて・・
だからでしょうか?いまだに縁遠いのは―。
おっしゃるように、「強い男性」に憧れる一方で、どうやら、娘の周囲には「弱い男」ばかりというのが実情のようで・・皮肉なものです。

東京も暖かくなりました。
春はすぐそこですね。
夢子
2016/03/04 11:54
ただ「強い」だけでも十分条件には成らないのかも知れませんね。
昔、まだ学生だった頃、ひとしきり「シュール」という言葉が流行ったことがありました。
娘さんの視線は、果てしなくシュールな高みを見つめているのかも…。
ダダさん
2016/03/04 19:13
ダダさん、ありがとうございます。
そうでしたね。シュールレアリズム・・
ダリやキリコの絵画は、娘共々大好きです。
それにしても、さすがダダさん。お見通しですね。
無能な母親としては、ただただ救われる、嬉しいコメントです。
夢子
2016/03/05 11:51
先日、思い出せなかった、もう一つのはやり言葉がありました。それは「サイケ(デリック)」です。多分、イラストレータの横尾氏が人気だった事とも関連しているのでしょうが、同人誌の表紙を描いてくれた知り合いも、そんな画風の作品でした。
それから凡そ半世紀、
娘さんたちの眼には、どんな風に映るのでしょうね。
ダダさん
2016/03/08 09:02
ダダさん、こんにちは。
そうそう、サイケデリック!そうでしたね。
映画の世界では、大島渚、篠田正浩などの監督が出て来て、「ヌーベルバーグ」などというコトバが流行ったと記憶しています。
当時活躍された芸術家たちも、今はほとんどが亡くなったり、高齢になられたりで姿を消しました。
あの頃(高度成長期)の「上昇気流」と「活気」のようなものが、今は懐かしく思うばかりです。
あれから半世紀。ネット時代の藝術ということになると、何もかもが人工的で無味乾燥に思えちゃうのは・・
やっぱり、こちらの鑑賞眼のほうも、相応に「老化」の一途を辿っているってことでしょうか。
夢子
2016/03/08 12:03

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